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福岡地方裁判所 昭和62年(わ)469号 判決

主文

被告人を無期懲役及び罰金一〇〇〇万円に処する。右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してあるポリ袋入り大麻樹脂一袋を没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、暴力団乙山会二代目乙川一家内乙田組組長であるが、同組ではかねて被告人の指示により、同組若頭補佐Aにおいて韓国から覚せい剤を密輸入していたところ、同人が刑務所に服役中の昭和六一年初め頃からは、被告人は、知り合いのゲーム機製造及び販売会社経営Xらと共に、台湾から漁船を利用して日本近海の洋上で受け渡しをする方法により大量の覚せい剤の密輸入を行い、これを関東、関西方面の暴力団に売り捌いて多額の利益を得るようになり、さらに、同年六月、Aが刑務所を出所してからは、同人も被告人の指示で右密輸入に加わり、以降、被告人が資金を提供して右密輸入全体を統括し、Xが台湾在住の相手方であるB、Cと密輸入の交渉、打ち合わせをしたうえ、台湾船からの覚せい剤の受領には当初はE、同年一〇月からはYが当たり、Aは主として国内の売り捌きに従事して、数回にわたり、台湾から大量の覚せい剤の密輸入を行い従前同様多額の利益を得ていた。

しかして、同年一二月一四日ころ、Xは、Cの意も受けて来日したBから、次回の覚せい剤の取引量を二五〇キログラムとする旨の申し出を受け、当時沖縄県石垣市に滞在中の被告人に電話でこれを伝えて指示を仰いだところ、これが多量であったため、被告人からAに電話で売り捌けるか否か確認を求め、同人が積極的な意見を述べたことから、被告人よりXに右取引を行うよう指示し、これを受け、Xにおいて、Bと具体的な取引の日時、場所などを決め、その内容をYに伝えてその了承を得、ここに、被告人、X、A、Y、B、Cらとの間に覚せい剤約二五〇キログラムを密輸入することについての共謀が成立した。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  X、A、Y、B、Cらとともに、右のとおり営利の目的をもって、かつ税関長の許可を受けないで覚せい剤を輸入することを企て、この旨共謀のうえ、右Yにおいて、昭和六一年一二月二七日午前九時三〇分ころ、鹿児島県鹿児島郡十島村大字悪石島南方約八キロメートル付近海上において、台湾高雄港から漁船億昇財に積み込んできた覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩結晶約二四三・九三一キログラムをY所有の漁船第三甲野丸に積み替え、いったん同県態毛郡屋久町地内の安房港に入港のうえ、同日午後六時過ぎころ、同郡上屋久町船行字柔野田代浜の沖合約三〇〇メートル付近海上で、密輸入につき情を知らないFの操縦する漁船甲山丸にこれを積み替えて、同人をして同町楠川字中町六九番地地先の税関及び保税地域の設けられていない楠川港に入港させ、同日午後七時三〇分ころ、同港岸壁において、密輸入について同様情を知らないG及び右Fをして、税関長の許可を得ないでこれを同所に陸揚げさせ、もって、営利の目的で覚せい剤を輸入するとともに、税関長の許可を受けないで貨物を輸入した

第二  A及び同人の内妻であるJ子と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和六二年二月二五日午後二時一七分ころ、態本県荒尾市《番地省略》所在丙山マンション二〇三号室において、覚せい剤であるフェルメチルアミノプロパンの塩酸塩結晶約二五三・二一一キログラムを所持した

第三  法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和五九年三月一二日ころ、和歌山県和歌山市《番地省略》丙田鉄工所において、Kに対し、いわゆる宅急便による配達の方法によりフェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤結晶粉末約九七七・六四九グラム(昭和六二年押第一六五号の2はその鑑定後の残量)を代金三五〇万円で売り渡し、もって、覚せい剤を譲渡した

第四  前記Aと共謀のうえ、同年一二月二二日午後七時三〇分ころ、態本県玉名郡岱明町《番地省略》所在のレストラン「丙川」において、大牟田市内でカラオケ機器販売業を営む有限会社丁野商会代表取締役L(当時三三歳)が被告人の所属する乙川一家の言いなりにならなかったことに立腹し、同人に対し、被告人において、「とにかくあんたは大牟田からでていかんな、あんたを大牟田から追い出すことはもう乙川一家で決まっとる。もし出ていかんなら乙川一家が追い込みをかけるぞ。そげんなったらただではすまんぞ。」「あんたがちゃんと乙川一家と付き合いをすればいいとに、それをせんやつか、横着もんが。」などと怒鳴りつけ、右Aにおいて、「だから俺がこげんならんごと電話しよったろうが、おやじがこげん言いよるけん素直に大牟田から出て行ったが身のためばい。後はどげんなっても知らんぞ。」などと怒鳴りつけ、右Lの生命、身体及び財産に危害を加えるような気勢を示し、もって団体の威力を示し、かつ数人共同して脅迫した

第五  法定の除外事由がないのに、昭和六二年二月二五日午後八時三五分ころ、沖縄県石垣市浜崎町《番地省略》丁川荘五〇八号室において、大麻樹脂七五・九四八グラム(昭和六二年押第一六五号の1はその鑑定後の残量)を所持した

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(累犯前科)

被告人は、(1)昭和五〇年三月三一日大阪地方裁判所で覚せい剤取締法違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反、有印公文書偽造、同行使の罪により懲役二年六月に処せられ(同年一〇月三日確定)、昭和五五年二月二七日右刑の執行を受け終わり、(2)昭和五二年一二月二六日同裁判所堺支部で業務上過失傷害、道路交通法違反の罪により懲役六月に処せられ、昭和五四年五月一八日右刑の執行を受け終わったものであって、右各事実は検察事務官作成の前科調書及び判決書謄本二通(検二三号、二五号)によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為中、営利の目的で覚せい剤を輸入した点は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項、一項一号、一三条に、税関長の許可を受けないで貨物を輸入した点は、刑法六〇条、関税法一一一条一項に、判示第二の所為は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項一号、一四条一項に、判示第三の所為は同法四一条の二第二項、一項二号、一七条三項に、判示第四の所為は暴力行為等処罰に関する法律一条、刑法二二二条一項、罰金等臨時措置法三条一項二号に、判示第五の所為は大麻取締法二四条の二第一号、三条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い覚せい剤取締法違反の罪の刑で処断することとし、各所定刑中、判示第一の罪については情状により無期懲役刑及び罰金刑を、判示第二、第三の各罪についてはいずれも情状により懲役刑及び罰金刑を、判示第四の罪については懲役刑をそれぞれ選択し、判示第三の罪は前記(1)(2)の各前科との関係で、判示第四の罪は前記(1)の前科との関係でそれぞれ再犯であるから、いずれも刑法五六条一項、五七条により判示第三の罪の懲役刑及び判示第四の罪の刑にそれぞれ再犯の加重をし(但し、判示第三の罪の懲役刑については同法一四条の制限に従う。)、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、懲役刑についてはそのうちの一罪につき無期懲役に処すべき場合であるから、同法四六条二項により罰金及び没収以外の他の刑を科さず、罰金刑については同法四八条二項により判示第一ないし第三の各罪所定の罰金額を合算した金額の範囲内で処断することとし、しかして被告人を無期懲役及び罰金一〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、押収してあるポリ袋入り大麻樹脂一袋(前同押号の1)は、判示第五の大麻取締法違反の犯罪行為を組成した物で犯人たる被告人以外の者に属しないから、刑法一九条一項一号、二項本文によりこれを没収することとする。

(量刑の理由)

本件のうち判示第一及び第二の犯行は、営利の目的で二四〇キログラム余りの覚せい剤を台湾在住の外国人と気脈を通じ、前判示のとおりの大がかりで巧妙な洋上受け渡しの方法により同地から輸入し、その後、これと前回密輸分の残余との合計二五〇キログラムの覚せい剤を合わせ所持したという事案であるが、現在、覚せい剤の供給は、そのほとんどが海外からの密輸入によるとされ、本件のような密輸入事犯こそ現下の覚せい剤蔓延の状況をもたらす元凶と言うべきものであって、厳しい対処が要請されるところ、本件の輸入量は膨大かつ空前のもので、これが社会に流出されることになれば、それに伴う害悪の大きさは計り知れず、また、その売却により、一キロ当たり約一〇〇万円、総額約二億五〇〇〇万円もの不当な利益を暴力団関係者らに帰せしめるものであること等を考慮すると、極めて重大かつ悪質な事案というほかはない。

そして、被告人は、判示のとおり暴力団組長として本件密輸入を指示、統括した主犯であり、過去の密輸入の場合と同様に、本件による右密売利益の大半を取得する立場にあった者であって、その犯行動機も、組の資金源の確保等を目的とし、酌量の余地は全くないこと、被告人は公判廷において、右犯行はX、Aらが勝手に行ったもので被告人は無関係である旨強弁するに至るなど、その供述態度には、真摯に本件犯行を反省悔悟する情がほとんど見受けられないこと、加えて、被告人は、前記累犯前科を含め、過去八回にわたり懲役刑に処せられ、それぞれ刑の執行を受けたにもかかわらず、右各犯行のほか判示第三ないし第五の暴力団特有の悪質な犯行を累行したものであって、遵法精神の欠如が顕著に窺われ、日頃の生活態度も芳しくないなどの諸点に照らせば、その刑責は誠に重大といわざるを得ない。してみると、本件密輸入にかかる膨大な量の覚せい剤が幸いにも社会に流出しなかったことなど被告人にとって有利な事情を最大限に考慮してみても、被告人に対しては求刑どおり、無期懲役及び罰金一〇〇〇万円の刑に処するのが相当であると考える。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木勝己 裁判官 村瀬均 村田文也)

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